悲しい若者の恋の物語「駒止谷に沈んだ恋」

【習志野に伝わる民話】

今では多くの工場やショッピングセンターなどが建ち並ぶ東習志野6丁目から
7丁目の辺りには、かつて「駒止谷(こまどめやつ)」と呼ばれる泥深い湿地帯が
ありました。この駒止谷を舞台とした、悲しい恋の民話が残されています。

◆ ◆ ◆

習志野原(習志野市と船橋市の隣接点)は、江戸時代には大和田原と呼ばれる
見渡す限りの芧(とち)や潅木が生い茂る広い原野で、その中央を南北の二つに
区切るように走る駒止谷は人馬が入らないほどの広大な沼地、湿地帯でした。

◆ ◆ ◆

そのころ、大和田原の小さな部落に、五反ばかりの小さな畑を耕して、病弱の
父と幼い兄弟たちと暮らす貧しい一人の若者が住んでいました。ある日、若者が
畑で獲れた野菜を荷車に積み、船橋の市場へ売りに出掛けると、そこで母親の
野菜売りの手伝いをする美しい娘を見つけ、一目ぼれをしてしまいます。若者は、
娘を自分の嫁に迎えたいと思いましたが、耕地の少ない貧しい今の境遇では
どうにもならず、思い悩んだ末、駒止谷の開墾を思いつきました。

駒止谷の谷底は、旅人や、また戦いのおりにここを渡ろうと馬を乗り入れると、
馬とともに底深く吸い込まれてしまい助かることができないと伝えられるほどの
底なし沼でした。泥沼へ足を踏み入れることはできないから、稲を植えるために、
若者はたらいに乗って田植えをし、その年は下総一帯が干ばつに見舞われる
ほどの不況だったにもかかわらず、稲が実ってたくさんの米がとれました。若者は、
来年はもっと広くに田植えをし、田んぼを広げることを誓い、娘を嫁にもらう約束を
しました。

ところが、次の年は駒止谷の稲作は失敗に終わり、その次の年もまた失敗に
終わりました。娘はその後、母親と死に別れ、一人で出稼ぎに行くことになり、
遠い国へ行ってもう長い間、音信がありませんでした。ある夜、若者は、駒止谷の
稲が数年ぶりに実って稲穂が波打っている夢を見て飛び起き、そのまま谷底に
下る斜面を駆け下り、谷間に落ち込んでくる薄い月明かりの下、震える手で稲穂を
つかみました。しかし、それは稲穂ではなく、泥沼に生い茂っていた葦の葉で、若者
の身体は泥深い沼に沈んでしまいました。

それから1年がたった春の末、駒止谷へ一人の若い女性が身を投げたという噂が
広まりました。谷岸に若い女性の洗いざらした木綿の着物が包まれた小さな
風呂敷包みと古い下駄が置かれてあったということです。

※現在、駒止谷の名残は、ロイヤルホームセンターとイオン東習志野ショッピ
ングセンターの境にある大きな排水路などに、その面影が残されています。


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